タイと日本を結ぶ空の便が、かつてない厳しい局面を迎えています。2026年3月末から始まった航空燃料価格の急激な上昇は、単なる一時的なコスト増にとどまらず、各航空会社の運航戦略を根本から揺るがす事態へと発展しました。2026年4月現在、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格の高騰と、タイが観光の閑散期であるローシーズンに入ったことが重なり、多くの航空会社が減便・運休・路線再編という苦渋の決断を下しています。【情報は4月24日時点】
航空業界にとって最大の懸念となっているのは、運営コストの3割から4割を占める燃料費の増大です。アジアにおける燃料価格の指標となるシンガポール市場のケロシン(ジェット燃料)価格は、2月下旬の時点で1バレルあたり83ドル前後で推移していましたが、中東情勢の悪化を受けて4月には180ドル前後まで急騰しました。さらに、円相場も3月中旬に1ドル159円台に達するなど円安基調が続いており、日本の航空会社にとっては燃料費の円建てコストが二重の意味で膨らんでいます。
タイ政府も3月26日に臨時閣議を開催し、燃料価格上昇による影響を緩和するための7つの対策を承認するなど、国全体が対応を迫られている状況です。加えて、タイ北部では最高気温43.5度を記録するなど記録的な猛暑が続いており、これが観光需要の落ち込みをさらに深刻にしています。
タイ国際航空は減便を 日系キャリアは便数を維持する戦略
タイのフラッグキャリアであるタイ国際航空(THAI)は、2026年5月の運航スケジュールにおいて、燃料コストの高騰と需要の低迷を主な理由として、国内外あわせて合計46便の減便・運休を決定しました。同社は2020年のコロナ危機をきっかけに会社更生手続きに入り、2024年11月にその手続きを完了したばかりです。経営再建の途上で今回の燃料費急騰を迎えた形であり、早期の路線縮小はやむを得ない判断とみられています。
日本路線で特に注意が必要なのは、成田とバンコクを結ぶ便の減便です。これまで1日3便体制を維持してきましたが、5月11日から5月31日の期間は1日2便へと削減されます。なお、同社は今回の運航調整を一時的な措置と位置づけており、恒久的な路線廃止は否定しています。一方で、燃料コストの上昇を運賃に転嫁するため10〜15パーセント程度の値上げも検討されており、利用者は便数の減少と料金上昇という二重の負担を強いられています。
表1:タイ国際航空(TG)の主要日本路線および接続路線の変更状況(2026年5月)
| 路線 | 便名(影響便) | 変更内容 | 期間 | 補足事項 |
|---|---|---|---|---|
| 成田=バンコク | TG640/641等 | 3便/日から2便/日へ減便 | 5/11〜5/31 | 5/29は3便運航を維持 |
| 羽田=バンコク | 既存便 | 運航継続(現時点) | 5月 | 減便対象外だが状況は流動的 |
| 関西=バンコク | 既存便 | 運航継続(現時点) | 5月 | 減便対象外 |
| 福岡=バンコク | 既存便 | 運航継続(現時点) | 5月 | タイ・ベトジェットと対照的 |
| ソウル(仁川)=バンコク | TG接続便 | 3便/日から1便/日へ減便 | 5/8〜5/31 | 日本からの経由利用に影響 |
| 台北(桃園)=バンコク | TG接続便 | 3便/日から2便/日へ減便 | 5/6〜5/31 | 乗り継ぎ需要への打撃 |
| 高雄=バンコク | TG接続便 | 全便運休 | 5/8〜5/31 | 路線の一時的な完全停止 |
格安航空会社(LCC)各社は、さらに踏み込んだ運航停止措置を講じています。タイ・エアアジアXは、名古屋とバンコクを結ぶ直行便を2026年3月29日から10月1日までの約半年間にわたって運休すると決めました。中部圏の企業にとって、直行便の消滅はビジネス展開において打撃となります。また、タイ・ベトジェットエアも福岡とバンコクを結ぶ路線を5月11日から6月30日まで全便運休します。同路線は利用者の約8割がタイ人観光客であり、日本の観光業界にとり痛手となっています。
表2:タイ系LCCの日本路線における運休・減便詳細(2026年4月26日現在)
| 航空会社 | 路線 | 状況 | 期間 | 旅客対応 |
|---|---|---|---|---|
| タイ・エアアジアX | 名古屋=ドンムアン | 全便運休 | 3/29〜10/1 | 全額返金、クレジット付与、成田・関西便振替 |
| タイ・ベトジェットエア | 福岡=バンコク | 全便運休 | 5/11〜6/30 | 全額返金または別便への振替 |
| タイ・エアアジアX | 成田=ドンムアン | 1日2便維持 | 夏季継続 | 主要路線として維持 |
| タイ・エアアジアX | 大阪=ドンムアン | 1日2便維持 | 夏季継続 | 減便の公式発表なし |
| タイ・エアアジアX | 札幌=ドンムアン | 週4〜5便 | 夏季継続 | 不定期な変動あり |
| タイ・ベトジェットエア | 成田=バンコク | デイリー運航 | 維持 | 2026年2月就航の新規路線 |
| タイ・ベトジェットエア | 関西=バンコク | 週4便 | 維持 | 運休発表はないが流動的 |
タイ系キャリアが減便に動く中、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)は現時点でタイ路線の便数を維持しています。ANAは成田とバンコクを結ぶ深夜・早朝便を特定の期間に週4回追加運航する計画を継続しており、JALも主要拠点のデイリー運航を堅持しています。ビジネス渡航の確実性を重視する顧客層を取り込むための戦略といえます。
燃油サーチャージは過去最高水準、旅費全体を押し上げ
しかし、便数を維持する日系2社でも、燃油サーチャージは記録的な水準に達しています。2026年5月発券分からの改定では、4月発券分と比べてJALは片道1万5500円から2万9600円へ、ANAは1万6300円から2万9000円へとそれぞれ約91パーセントも急騰しました。往復で1人あたり約6万円近い付加コストが発生する計算で、航空運賃全体に占めるサーチャージの比率が異常な高さになっています。
表3:JAL・ANAにおけるタイ路線燃油サーチャージの変遷(日本発・片道)
| 改定時期 | JAL(タイ路線) | ANA(タイ路線) | 前期比(JALベース) |
|---|---|---|---|
| 26年4月発券分 | 15,500円 | 16,300円 | — |
| 26年5月〜6月発券分 | 29,600円 | 29,000円 | 約91%上昇 |
さらに、6月以降のサーチャージについても上昇が続く可能性があります。JAL・ANAのサーチャージは2〜3月のシンガポールケロシン価格と為替の平均値を基に算出されますが、この期間は価格急騰の直後にあたるため、次の改定でもさらなる引き上げが見込まれています。
今回の運航調整は、予約便の消滅だけでなく乗り継ぎの連鎖的な失敗というリスクも生んでいます。バンコクを経由してインドや欧州へ向かう場合、接続便の減少によって乗り継ぎ時間が極端に短くなったり、逆に長時間待機を強いられたりするケースが増えています。また、中東情勢などの地政学的リスクを理由とした運休は、海外旅行保険の免責事項に含まれる場合があり、十分な補償が受けられないことも少なくありません。
表4:欠航・遅延時における補償と保険の適用条件(一般的基準)
| 項目 | 航空会社の対応 | 海外旅行保険(遅延特約) | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 宿泊費・食事代 | 原則負担なし(サービスの場合あり) | 上限1〜3万円程度でカバー | ANA/JALでも宿泊費補償は義務ではない |
| 振替便の手配 | 可能な範囲で実施 | 適用外(手配のみ) | 他社便への振替は制限が多い |
| 適用条件 | 自社都合(機材故障等) | 6時間以上の遅延・欠航 | 天候不順や地政学的リスクは免責の可能性 |
| 必要書類 | 遅延・欠航証明書 | 証明書+レシート原本 | レシート紛失は補償対象外となる |
航空ネットワークの縮小は、タイへのビジネス投資にも悪影響を及ぼしかねません。タイ投資委員会(BOI)が推進する東部経済回廊(EEC)は、チャチュンサオ・チョンブリ・ラヨンの3県にまたがる1万3000平方キロメートル超の開発地域で、日系企業を含む外国企業の誘致を積極的に進めています。同地域は自動車・電子・バイオ・デジタルなど次世代産業の集積を目指しており、2025〜2026年にかけてBOI恩典制度の拡充も図られてきました。海外からの専門家や機材の移動を支える航空ネットワークが細れば、こうした開発計画の推進にも支障が出てくる恐れがあります。
今後の見通しは、中東情勢の動向と原油価格の推移に強く依存しています。燃料価格が高止まりすれば、6月以降も減便が定常化する可能性があります。タイへのビジネス渡航を予定している場合は、最新の運航状況を少なくとも週1回は確認し、万が一の運休に備えて代替ルートや日系キャリアの利用を優先的に検討することが賢明です。


