タイへの出張やビジネス進出を計画するうえで、現地の法規制を正しく理解しておくことは欠かせません。なかでも日本と大きく異なるのが、お酒に関するルールです。タイでは仏教という宗教的な背景や社会秩序の維持を目的として、酒類を販売できる時間や飲酒できる場所、さらには広告の出し方まで法律で細かく制限されています。しかもこのルールは社会情勢や観光振興の方針によって頻繁に見直されており、長年当たり前とされてきた規制が大きく緩和されるなど、現地の状況は急速に変化しています。ここではタイでビジネスを展開する担当者や出張者が必ず押さえておくべき、飲酒事情の最新情報をまとめて説明します。
半世紀ぶりに酒類販売禁止時間を変更
タイのお酒の規制を語るうえで外せない大きな変化が、2026年5月に起こりました。タイでは1972年以来、午後2時から午後5時までの3時間を酒類の販売禁止時間として定めていました。当時の政権が、公務員や労働者が昼休みにお酒を飲んで仕事の効率が下がることを防ぐために導入した命令でしたが、観光客や飲食店にとっては長年にわたり大きな不便を生む規制でした。そこで、タイ政府が観光産業の活性化と小売業界の支援を目的に、2025年12月から180日間の試験的な緩和措置を実施したところ、飲食店の売上高が10%から15%増加するなど経済的なプラス効果が確認されました。これを受けてアルコール飲料管理委員会(タイの酒類ルールを定める政府の委員会)は、2026年5月28日の官報で新しい告示を出し、翌29日から午後2時から午後5時の販売禁止を恒久的に撤廃しました。この背景には、この規制が長年にわたり観光客にとって分かりにくく、ベトナムやインドネシア、マレーシアといった周辺国との観光競争力の面でも不利になっているという、観光・飲食業界からの強い働きかけもありました。
お酒を購入できる時間と例外
この歴史的な法改正により、タイにおける酒類の販売時間はこれまでよりも大幅にわかりやすくなりました。新ルールの施行により、ライセンスを持つ小売店やコンビニエンスストア、飲食店では、午前11時から深夜0時までとぎれることなくお酒を販売できるようになりました。以前のように午後の時間帯にスーパーマーケットのレジでお酒の購入を断られるということは、基本的に起こりません。ただし、深夜0時から午前11時までの11時間は、引き続きお酒の販売が全国一律で禁止されています。深夜のフライトで現地に到着してコンビニエンスストアに立ち寄っても、お酒は購入できない点に注意が必要です。
ただ、法律により、特定の施設には例外が認められています。国際線を運航する主要空港の旅客ターミナル内では、時間外であっても旅行者向けにお酒が販売されています。正規ライセンスを持つホテルや、娯楽施設法にもとづいて営業を許可されているナイトクラブやバーなどでも、それぞれの営業許可時間内であれば深夜0時を過ぎてもお酒を提供できます。さらに東部経済回廊(EEC、バンコク東部に広がる政府主導の産業開発区域)などの特定の経済特区や、政府が指定した大規模な展示会・国際見本市の会場などでも、個別の法的条件のもとで柔軟な対応が取られています。
終日禁酒となる仏教の祝日
一方、販売時間内であっても、タイ全土で一切のお酒の販売が禁止される日があります。これらは禁酒日と呼ばれ、ビジネスの会食やイベントのスケジュールを組むうえで注意すべき要素です。
タイの人口の9割以上は敬虔な仏教徒であり、仏教の重要な祝祭日には法律によって終日、酒類の販売と提供が全面的に禁止されます。2026年の対象日は、3月3日の万仏節(マカブーチャ)、5月31日の仏誕節(ウィサカブーチャ)、7月29日の三宝節(アサラハブーチャ)、翌30日の入安居(カオパンサー)、そして10月7日の出安居(オークパンサー)の5日間です。これらの日はコンビニエンスストアやスーパーマーケットはもちろん、一般のレストランやホテルのバーでも終日お酒を注文できなくなります。
ただし2025年の規制緩和により、仏教祝日であっても国際空港のターミナル、認可を受けたナイトクラブ・バー、政府が指定する観光地内特定エリアの施設、正規ホテル、大規模な国際イベント会場では酒類の販売が認められるようになりました。コンビニやスーパー、一般の飲食店では引き続き禁酒が続く点は変わりませんが、出張者や観光客に対する例外措置は広がることになりました。なお、仏教の祝日は旧暦にもとづいて日付が毎年変わるため、該当年のカレンダーで確認してください。
このほか、選挙にともなう禁酒にも注意が必要です。タイでは有権者が「冷静に」一票を投じることができるよう、選挙の投票日前日の午後6時から投票日当日の午後6時までの24時間は、原則としてお酒の販売が全面禁止されます。外国人も対象となるため、バンコクなどの大都市であっても期間中はすべての飲食店でお酒の提供がストップします。実際に2026年6月28日に行われたバンコク都知事・都議会選挙およびパタヤ市長・市議会選挙でも、該当地域では前日27日の18時から28日の18時まで厳格な禁酒令が敷かれました。同様に2026年2月8日に実施された下院総選挙の際には、期日前投票日の2月1日と本投票日の2月8日ともに、それぞれ前日18時から当日18時までの2度にわたり、全国一律で禁酒措置が取られています。
出張期間が仏教祝日もしくは選挙日程と重なる場合は、夕食時の会合の仕切りに配慮が求められます。
飲酒・販売が禁じられる場所と基本ルール
タイ政府は、お酒を販売したり飲んだりしてはいけない場所も明確に定めています。すべての仏教寺院や宗教施設、政府機関の庁舎、公立・私立の学校や教育機関、病院や薬局などの医療施設が代表的な飲酒禁止エリアです。さらに市民の憩いの場である公共の公園、ガソリンスタンド、駅やバスターミナル・空港といった公共交通機関の敷地内や車両内も全面禁止となっています。2026年5月には路上・歩道・広場・公共の駐車場など屋外の公共スペースも含めて禁止対象となる区域(背前出)が官報で正式に確定し、即日施行されました。これらの場所では、たとえ販売時間内であっても飲酒はおろか販売自体が法律で罰せられます。
タイでは飲酒および酒類購入の法定最低年齢は20歳です。日本より1歳高く設定されているため、若いスタッフやインターンを帯同する際は注意してください。小売店や飲食店では身分証明書(外国人はパスポート)の提示を求められることがあります。
また各県知事やバンコク都知事は、地域の治安維持や観光戦略に応じて独自の追加規制を設ける裁量を持っています。歴史的な遺跡が集まるエリアや特定のビーチリゾート、地元の祭礼周辺などでは、自治体の判断でピンポイントの禁酒区域や時間制限が上乗せされることがあります。新規の事業所を開設したりイベントを開催したりする際は、国の中法律だけでなく各地方自治体の条例も事前に確認してください。
企業が必ず押さえるべき広告規制と罰則
タイのアルコール規制のなかで、進出企業が困惑するのが厳しい広告規制です。アルコール飲料管理法第32条により、お酒の銘柄やロゴを直接表示して購買意欲をそそるような宣伝活動は禁止されています。テレビやポスターだけでなく、インターネットやSNSへの投稿も監視の対象です。個人のSNSアカウントであっても、ビールのラベルが写った写真に「このビールはおいしい」と書き込むと法律違反とみなされ、多額の罰金を科される危険性があります。企業のプロモーション活動やイベントでは、お酒の容器やブランド名が露出しないよう注意してください。
違反した場合の罰則も決して軽くはありません。販売禁止時間にお酒を販売したり、禁酒日に酒類を提供したりした場合、6カ月以下の懲役または1万バーツ以下の罰金、あるいはその両方が科されます。さらに2025年11月に施行された改正アルコール飲料管理法(第2号)により、販売者だけでなく飲酒者本人も処罰の対象となりました。禁止時間帯に店内でお酒を飲んでいた場合、最大1万バーツの行政罰が科されます。企業の責任者がこれらの規制を軽視した場合、担当官の判断によっては就労ビザの更新や事業ライセンスの継続に深刻な悪影響を及ぼす可能性が否定できません。
日本↔タイ間の持ち込み・持ち出しルール
タイの飲酒規制を語るうえで、入出国時のアルコール飲料の持ち込み・持ち出しルールも把握しておく必要があります。知らずに制限を超えると、空港の税関で罰金を科せられるためです。
まずタイへの入国時の注意点ですが、タイ税関の規定では、酒類の持ち込みは1人1回の入国につき合計1リットルまでが免税範囲です。ビール・日本酒・ウイスキー・ワインなど種類を問わず、すべての酒類の合計が1リットルを超えた場合は課税対象となります。たとえば750ミリリットルのワインボトルを2本持ち込めば合計1.5リットルとなり、超過分の500ミリリットルについてタイのアルコール税(品目によって60%から400%超と非常に高い)が課せられます。しかも日本と大きく異なるのは、規定量を申告せずに超過した場合の扱いです。在タイ日本国大使館の注意喚起によれば、超過が発覚した場合は全量が没収されたうえに高額な罰金が科せられます。申告しなかった場合、課税額の最大4倍に相当する罰金が科せられる可能性もあります。また、グループで入国する際に1人がまとめて持ち込もうとした場合も、例外なく摘発の対象となります。「同行者の分を一時的に預かっただけ」という弁解は通用しません。罰金の支払いを拒否したり支払えなかったりした場合は裁判となり、その間、身柄を拘束される事態に発展することもあります。在タイ日本国大使館も、こうした摘発はタイ当局の主権にもとづく判断であり、日本大使館が代わりに交渉することはできないと明記しています。
なお日本で普及しているアイコスやgloなどの加熱式タバコ・電子タバコは、タイでは、種類を問わず輸入が全面禁止となっています。個人使用であっても没収・罰金の対象となるため、スーツケースに入れて持ち込まないよう注意してください。
次にタイから日本へ帰国する際のルールです。日本の税関が定める免税範囲では、酒類は成人1人あたり760ミリリットルを1本として換算し、3本まで(合計約2.28リットル相当)が免税となります。タイの空港の免税店で購入したお酒も、この枠に合算されます。超過分については日本の簡易税率が適用され、品目ごとに1リットルあたり200円(ビール・ワインなど)から800円(ウイスキー・ブランデーなど)の税が課せられます。ただし日本では、免税範囲を超えた分を税関で申告のうえ納税すれば、持ち込むこと自体は認められています。ただ、20歳未満は酒類の免税が一切適用されない点は留意が必要です。
なお、タイで販売されているヤードム(鼻スースー)と呼ばれる芳香吸引薬の一部には、日本の覚せい剤取締法で規制されているL-デソキシエフェドリンが含まれているものがあり、日本への持ち込みは禁止されています。現地の薬局で購入する際は成分をよく確認してください。

